プレイハウス

誘惑とそして

「家に来るだけなら、そう難しいことでもないわよ」

 そう言うと、キンスはちらりと窓に立てかけられた箒へ目配せをした。

「あの箒、2人くらいなら乗っても飛べるのよ」

少し狭いけどね、と付け加える。その様子を見て、ココはぽかんと口を開けて目を瞬かせた。キンスが何を言わんとしているのか、何となく分かってしまったのだ。

「だ、だめだよ。ちゃんとお父さん達に言わないと」
「そうね。でも、それで許可が出るのかしら。出なかったら、それであなたは諦めるのかしら」

 正直な話、許可が出る気は一切していなかった。それどころか、実はこうしてキンスと会っていることすらお城のみんなには内緒にしていた。話したら、もう会えなくなるんじゃないかと思って。
 でもそれは、キンスの家に遊びに行きたい、と相談した後も同じ結果になるんじゃないだろうかとも思う。

「ココ。お城から出たいのよね。でもずっと、我慢をしていたのよね」
「う、うん……」
「今まで頑張って勉強してきたんだもの。ちょっと羽を伸ばすくらい、いいんじゃないかしら?」
「……でも、そんなことをしたら怒られちゃうよ」
「その時は、私も一緒に怒られてあげるわ。でもね、ココ」

 大きな赤い瞳に真正面から見つめられてどきりとする。思わず少し視線を逸らすと、追うように相手の言葉が続いた。

「我慢しているだけじゃ誰にも分からないわ。あなたはいい子だもの。そんなあなたの力に、私はなりたいのよ」
「キンス……」
「大丈夫。ちょっとだけ、よ」

 いつもは冷ややかな口調に、何だかふんわりと温もりを感じ取った。ちらりと相手を見てみると、それでもいつものポーカーフェイスだ。

「……うん、分かったよ」

 少し考え込んだ上で、首肯する。外に出てみたいのも、キンスの家に行ってみたいのも本当のことだった。
 そして何となく、今を逃したらもう二度とそれは叶わないように思えたのだ。

「でも、お手紙書いてからねっ。何もなかったら、みんな心配しちゃうもんねっ」

 あってもなくても心配させることに変わりはない気もするが、ないよりはましだろう。

 大慌てでペンを走らせ、少し遊びに出かける旨を記す。そうする間にキンスはフードを被り、箒を片手にバルコニーへと向かっていた。

「おまたせっ」

 その後を追いかけてココもバルコニーへ。キンスが横座りする箒に、真似して座ろうとしたら窘められた。

「あなたは初めてだから、ちゃんと跨って、そして私にしっかり掴まって。落ちないようにね」

 言われた通りに座り直して半ば縋り付くようにキンスに身体を預けた。それを確認すると、行くわよ、とキンスが言った。その言葉とともに、両足が地面からふっと離れたのが分かる。

 なるべく邪魔にならないように、しかししっかりとキンスにしがみつく。夜風が頬に当たる感覚はあるが、それが気持ちいいかどうかを判断する余裕はなかった。
 無意識にきつく閉じていた目を開き、そっと後方を振り返る。そんなに長い間目を閉じていたつもりもなかったのだが、お城は随分遠くに離れてしまっていた。

 悪いことをしているという自覚はあったが、それでも何だか少しスッキリしていた。初めての空の散歩。初めてのお城の外。初めての友達のキンスと一緒に、これから見たことのないところに行くんだと思うと、お城のみんなには悪いけれど何だかわくわくしてきた。
 振り返るのはもうやめて、前を向くと綺麗な夜空が広がった。淡く輝く見事な満月を見ていると、自然と笑顔が零れるのをココは感じていた。
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